疾走

 

 先日、30歳の誕生日を迎えた。
 かつて「30歳まで生きることはないだろう」と思ったことのある多感な人たちの多くがそうだったように、私もそのご多聞に漏れることなくあっさり誕生日はやってきて、20代に何の余韻も残らなかった。

 よほど覚えづらい誕生日なのか、単純にこれまでさほど想われてこなかったというだけのことなのか、これまで「彼女」に自分の誕生日を祝ってもらったことがない。
 あんなに自分の誕生日を私が覚えているか気にしていたあの人も、結局私のことを覚えてはいてくれなかった。とはいえ今回は、その「彼女」自体いないのだけど。

 ただ、過去友人たちのほかに一人だけ祝ってくれた人がいる。Y子だった。
https://www.datchang.work/entry/2019/12/01/181847

 肝心なことは何一つ覚えられないくせに、そういう人によっては些末な自分に対する愛情のようなものを敏感に検知しては、その意図を思い遣る。その粘着質な精神性こそ私の生き辛さ、そして愛され辛さの本質であることは間違いない。だからそこから脱却しようとしてきたけれど、書かずにおられない心のくびきがある。

 数年前、当時住んでいた亀有に彼女が来てくれ、ご飯を食べに夜の町を歩いた。彼女がマルチかもしれないことはとっくに判っていたけれど、それでも構わなかった。

 「だっちゃんっていつもなんか歌ってるよね」

 冷たい夜風が気持ちよくて、隣を一緒に歩いてくれる人がいて、ただそれだけのことで満たされて、思わずくちずさんだ。
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コンビニエンスストアで350mlの缶ビール買って
きみと夜の散歩 時計の針は0時を差してる
Holiday’s middnight
少し汗ばんだ手のひらが 子供みたいな体温
誰も知らない場所に行きたい 誰も知らない秘密を知りたい
街灯の下で きみの髪が
ゆらゆら揺れて 夢のようで どうかしてる
今夜だけ忘れてよ 家まで帰る道
なんかさ ちょっとさ いい感じ
歩く速度が違うから BPM 83に合わせて
きみと夜の散歩 それ以上もう何も言わないで
“クロノスタシス”って知ってる?知らないときみが言う 
時計の針が止まって見える現象のことだよ
(クロノスタシス / きのこ帝国)_

 「きのこ帝国わたしも好き。」
 彼女が言って、私は笑った。
 時間が止まって欲しい。そしてどうか本当のことを言わないで欲しいと願った。独りにしないで欲しい。

 家に帰り、小さい布団で抱き合った。家賃6万の木造1Rは狭くて、外から風俗街のネオンが差し込んで、夜でも暗くなることはない。
 冷気が窓ガラスに曇りをつくっていて、そこに彼女が長い指でハートを描いて、こちらを見て笑った。

 「誕生日おめでと」
 エアコンの暖房の乾燥した空気の中で、赤や緑に照らされはにかんだ彼女の顔を見て、映画のようにきれいだと思った。けれど内心と裏腹に口をついてでたのは照れ隠しの言葉だった。

 「やめてよ、いい大人なのに恥ずかしいよ」

 いい大人がそういうことをして何が悪いんだ、言えよ、ありがとうって、覚えててくれたことが嬉しいって。

 言ったからって何かが変わったとは思わない。そもそも間違いなく、あれは愛情ではなかったのだ、と思う。ただそう答えなかったことを後悔している。与えられた誠意に、誠意で返さなかったことを後悔している。

 愛情の形に似た、愛情ではない偽物の、見ようによっては醜い何か。他人からすればただただ滑稽で、生ごみのように捨ててしまいたくなるような臭くて歪なもの。
 もうクロノスタシスなんて歌わない。止まっていて欲しいような時間や気持ちなんてありはしないし、今後自分にはそういうものが与えられないのだと判ってしまった。
 ネガフィルムのように思い出すたびに劣化をして、"今やよく見えないから美しく見えるんだ"なんて主張をするのは、端からしたら気が狂った人間のありさまだ。
 だけど、私の人生にはそういうものしかない。
 そういうものしかないんだから、これからも「あれは美しい思い出だったのだ」と思い込もうとして、抱きしめていくしかない。
 思い込まなければ。そうでなければ、私のこれまでの人生はただただ醜く他人に疎まれていただけの時間になってしまうではないか!

 だから、せめて彼女の「誠意のようなもの」に、感謝の言葉一つでも添えておけば良かった。

 と、そういうことを思って時間を過ごしてきた。
 できてなかったかもしれない、しかし意識して来たつもりだ。丁寧に、誠意を欠かないこと。自分が、相手が、私といた時間を後で少しでも愛でられるように。

 こうして自分と同じように人生の孤独に惑っている異性に手を差し伸べては、「それでもお前は要らない」と手を振り払われる日々を再び送り始めた。
 淡々と誰の特別にもならない人生を歩いて行く。私にとってそれは砂漠を歩くようなものだった。
 だけど、辛く苦しい考えもこのブログにこうして書き残して置けば共鳴した誰かが見つけてくれるかもしれない、そうすれば報われる、きっと誰かが見つけてくれるのでは…。救われたい一心で文章を書いてきた。

 かくしてこのブログを始めて1年が経った。紐づいているTwitterは10年にもなる。

 ある日、何があったからというわけじゃない。30歳になったからかもしれない。自分のブログを読み返し、この10年で自分が得たものが何一つないことに気が付いた。少なくとも、他人が評価するようなものは何一つない、客観的に見て語るに落ちる日々を歩いてきた。金も稼がず、愛されず、ただ悶えてうずくまり、回顧するだけの男がひとりそこにいるだけだった。

 昔、女友達と秋田に旅行に行ったとき、友人ばかり撮る私に彼女が「少しはだっちゃんも写りなよ、幽霊と旅してるんじゃないんだから」などと言って赤ら顔の私を撮ってくれた。
 そんな彼女から、昨年結婚するにあたって私のうつった写真を削除したと聞いた。
 もちろん不安要素は消しておくべきだ、やっと掴んだ幸せなんだから当然そうすべきだ、と思い、他の結婚した女友達にも私の写った写真を消しておいた方が良いよ、と伝えた。

 周囲の景色だけ遷り変り、私だけが「数年前」の世界に閉じ込められている。まさに幽霊だ、呪縛霊のたぐいだと思う。いてもいなくても変わらないし、自分さえ自分の存在を求めてない。何ならいない方が良い。

 幽霊なのに、ここで描いた苦痛は色あせることなく苦しい。
 苦痛を記して置く行為そのものが私に与えたものは、劣化しない鮮明な苦悩の記憶だけで、誰かが私を見つけることはなかった。

 砂漠を歩いていたから気付かなかった。自分はただ同じところを延々と回っていただけだった。そして自分が足掻いていたことの全てが無駄だったと気付いたから、もう私は疲れて、歩けないと思った。
 時計の針をわずかでも前に進めたい、その先が闇だったとしても、もうここにはいられないと思った。
 だから、ここで筆をおくことにする。