いつもいつでも。

 

「死のっか、もう、一緒に」

 昨年の春頃に会って以来、A子とは音信不通になっていた。

https://www.datchang.work/entry/2018/12/13/000000


 数か月ぶりに連絡が来たのは昨年の末頃で、おれは家から外へ出ることさえ容易なことではなくなっていた。

 もうここまででいい。ここから先の未来を見たいと思わない。
 ずっと抱いていた希死念慮を実行に移すには、良い頃合いだと思っていた。
 そんな折、A子から電話がかかって来た。

「急にいなくなってごめんね」
「別に気にしてない。元気そうでよかった」
「元気じゃないよ」
「おれも、もう良いと思ってる。もう死にたいんだ。何か、おれの持ち物で欲しい物ない?あげるよ」
「要らない。私も死にたい。死にたくなったから、だっちゃんの顔が浮かんじゃった」
「死ぬ?一緒に。先に死んでていいよ。見ておくから」

 電話越しにA子が生唾を飲み込む音が聞こえて、一息おいて彼女は言った。
「死のっか、もう、一緒に」

 余程人生を捨ててるように見えるようで、「殺して欲しい」と頼まれたことは一度や二度ではない。
 大体女だけど、中には男もいた。こちらから「そんなに死にたいなら、どうですか?」と提案したこともある。

 大抵、具体的な話をすると相手が話をそらして終わる。
 それを日和ったなんて言うつもりはないし、希死念慮の告白に対して「その気もないのにそんなこと言わないでくれ」なんて言うつもりも勿論ない。
 どんな苦悩だって、当人にとっては今まさに確かにそこにあるものだ。
 人生に絶望した人間にとって、「いつでも死ねる」ということがどれだけ救いとなるのか知っている。

 次の電柱まで辿り着くのに、そういう言葉が必要な日もある。

 ただ正直なところ、自分自身の「殺してあげる」という言葉が冗談なのか本気なのか、見当をつけられずにいた。ただそういう、誰かの望みを叶え予後の面倒を嫌って自分も死ぬという結末は、想定されるものの中ではまあ、マシな方だと思った。

 年末に死のうと思っていたとき、A子から連絡が来たのは渡りに船だった。本当は、おれも一人は心細かった。
 ネットで知り合った人から車谷長吉の「赤目四十八瀧心中未遂」という小説を教えて貰った。まるで自分かと見まごう精神性の主人公が、ドヤで知り合った女と死のうとするにいたるまでの日々を描いた話だった。

 女の名前がA子と同じであることにも、運命的なものを感じた。
 この世界に独自のものなんて残ってない。同じような精神性を獲得した男女が出会えば、自然の成り行きとしてこうなるのだろうと思った。

 昼頃、当時住んでいた部屋にA子が滑車のついた大きめのカバンをひきずりやって来た。
 練炭だった。

 貧乏な彼女にとって、練炭や七輪を揃えるのは大変な出費だったはずだ。それを言うと、

「昔、一人でやろうと思って買ってたんだ。そのときは勇気がなくて、でも、とっておいて良かったな」

 はにかんで、照れたように笑う彼女の顔を見て力が抜けた。
 この少女と言って良いほど若い女が、死を願うまでに至った道のりを思う。

 さぞ長かっただろう。おれなんかより、ずっと。

 狭い部屋に二人でこもり、練炭を焚いた隣で愛し合った。暖房はつけなかったけれど、擦りガラスから差し込む陽光と練炭と、A子の体温で頭がおかしくなるように暑かった。
 途中からA子は睡眠薬が効いたのか、眠ってしまった。A子の髪を撫でて整えている内に、おれの意識も遠くなっていった。
 ああついにこの日に辿りついたのだ。そういう感慨というか、満足感に包まれて、暗闇の中に吸い込まれていった。

 次に起きたときには日が落ちていて、練炭は殆ど消し炭となってしまった。

 頭が痛い。身体が重い。

 死に損なってしまったのだ。しばらく虚ろに天井を見上げていた。
 部屋から出て、水とバファリンを飲んで一息ついた。頭痛で吐き気がする。

 その場で床に倒れ込み、目だけ瞑った。
 でも、色んな練炭自殺を失敗した話で聞くような「体験したことのない痛み」というほどでもないな、と思った。
 土台、計画倒れだったのだ。

 どれだけ経ったかわからないが、A子が起き出してきたので頭痛薬と水を渡した。
 再び床に転がると、隣にA子が寝て顔を寄せた。

 何も話さなかった。


「もう行くね」

 しばらくして、A子は荷物をまとめて出て行った。
 翌日、練炭を近所の茂みに棄てた。

 その後、おれは一人で死ぬこともできなかった。
 そうこうして休んでいた会社に再び出社することが決まり、暗い気持ちになった。

 「赤目四十八瀧心中未遂」でも、主人公は結局死にきれず。最期は会社勤めに戻ったのだ。あんな創作の紙ペラに感情移入をしていた自分が余りにもバカバカしくて笑える。


 A子とは沿線が同じなので、つい最近電車で見かけて話しかけた。
 途中の駅で降り、コーヒーを奢った。「まだ死にたい?」と訊くと、「まだいい」、と応えた。

「それはよかった」
 と言うと、A子は申し訳なさそうな顔をした。

「彼氏が、できたから」
「いいね。いいことじゃん」

 心の中でうまく返せた自分を褒めた。少しほっとした顔をしてA子は言った。
「あとね、お金、貸して欲しいんだ」

 そのとき、手元に20万円をもっていた。
「いいよ、当面使う予定ないからこれ持ってきな。こんだけあればじゅうぶんだろ」

 封筒のまま渡した。

 そこから2時間くらいかけて、家まで歩いた。