外国人研修生黙示録①

 タイ人のパティアと出会ったのは数年前の夏の話だ。

 当時、某県の酪農農業法人W社は経営規模拡大を目指し数億にもなる新規融資を我が社の支店に申し込んだ。
 先進的な搾乳機械の導入や子牛の購入費用、子牛の飼料を自作するための耕運機の購入、土地の購入、牛舎の新築等、酪農の規模拡大といってもただ単に牛を買えば済むわけではない。
 農業法人の新規投資としては比較的大型のものだった。

 おれは本社からの指示で、W社の視察に出向いた。
 飛行機で某県の空港に到着すると、支店の担当・伊藤君が出迎えてくれた。

「田舎だもんで、交通機関だとロス大きいですから」

 羽田や成田と違って、到着ゲートから降りるとすぐ駐車場だ。そういう小さいことが凄く新鮮に感じる。
 伊藤君は地元の大学を卒業して地元の金融機関の採用となったのだという。2年目で、おれと年齢はそう変わらない。青白いおれと違って、黒い肌が健康的で、新品のような紺色のポロシャツが爽やかな青年だった。

「Dさんはこういう案件多いんですか、プレッシャーとかありませんか」
 白いプロボックスを運転しながら伊藤君が尋ねる。
「うーん、融資額としてはそうですけど、某県の農家さんでこの規模のは珍しいですよね」

 伊藤君は今回初めての大型案件の担当ということもあり、緊張しているのだと言った。
 「東京」について根掘り葉掘り質問してきて、何を応えても「はー」とか「ほー」とかいうのが可笑しい。
 彼のためにも話を上手くまとめてあげたいな、という気持ちになった。
 東京のジメジメして肌に張り付くような夏と違って、窓を少し開ければ心地良い風が吹き込んだ。こういう生活があるんだな、と思う。
 午前の日差しが温かくて、何だか眠たくなってくる。
 どこまでも続く原野なんだか畑なんだかわからない景色を見てると、どうやら「ちょっとコンビニ寄ってコーヒー」みたいなわけにもいきそうになくて、観念して眠りに落ちた。

 中心街に到着して、ホテルに荷物を預け支店の偉い人に挨拶を済ませ、コンビニでコーヒーと昼食を買って早速W社に向かうことにした。
 1ℓのコーヒーのペットボトルを両脇に抱えるおれを見て、「コーヒーどんだけ飲むんですか!」と伊藤君が笑う。
「これくらいないとダメなんだよ、カフェイン中毒でさ~」

 支店の人たちはどうやら皆年配で、おれみたいに年の近い先輩は気安いのかもしれない。すぐ打ち解けられて良かった。

 W社の牧場に到着した。
 事務所の隣にはサイレージという牧草の丸い塊が積み上げられていて、メロンのような独特の甘い香りがした。
 メロン臭のする牧草は、"良い農家のサイレージ"、ちゃんと新鮮な牧草を牛に与えている証拠だ。

 社長に牧場を案内して貰う。
 常識的な、ごくふつうのおじさんという感じだ。奥さんとは離婚して、パート従業員3人と外国人研修生1人で営農しているのだと言った。
 肥料の臭いもチョコレートに近くて、悪臭とは呼べない。これは特殊な香料を撒いているはずだが、決して安くない。余裕のある経営をしている証拠だ。

 件の外国人研修生がいたので、「こんにちは」と挨拶した。細身のタイ人で、名前をパティアと名乗った。まだ20代前半で、来日して日が浅いらしい。
 数年前、旅行会社でバイトしてたときに同期のタイ人の友達が何人かできたから、「タイから来たんですよね?」とテンション高く話しかけてしまった。彼は
「ア、ア、ア、」
 と何事かを言おうとしていたけど、社長は
「こいつね、失敗ばかりなんですよ」
 と被せる。「まあ、最初はそうだよね」とおれが苦笑していうと、社長は
「いやいやDさん、コイツちょっとコレなんですよ」と指でクルクルパーをした。
 カチンと来たけど、「そうですか」と特に突っかかることもなくその場を終えた。

つづく